瑞鳳

プラモデル

瑞鳳

瑞鳳はネームシップ祥鳳と同様、まず給油艦高崎として昭和11年(1936年)6月に進水しました。
しかし、計画の変更を行いながら、小型空母として完成させることとなりました。
瑞鳳は昭和16年(1941年)12月の開戦時には鳳翔と第3航空戦隊を編成していましたが、
当時は正規空母の時代であったため練習艦的な存在だったのでしょう。
昭和17年(1942年)編成替えで1航艦5航戦、第3艦隊1航戦などと所属が変わり、ミッドウェーの敵討ちと言われた南太平洋海戦に参加します。
この戦いで瑞鳳は敵の第1次攻撃で早々と中破してしまったのですが、瑞鳳を飛び立った零戦隊はエンタープライズ発艦の攻撃隊19機の内約半数を撃墜、残りにも損害を与える活躍を見せています。
この南太平洋海戦の後、日米ともに戦力の蓄積期間となり次の戦いはマリアナ沖海戦となります。
この海戦では瑞鳳は第3艦隊3航戦に所属し、旗艦大鳳のいる1航戦のはるか100マイルも前方に展開していました。
機先を制したのは日本海軍。先に米艦隊を発見した第3艦隊は6月19日未明、3航戦の瑞鳳、千歳、千代田から零戦、爆装零戦(爆戦)64機が勇躍発艦しました。

昭和19年(1944年)6月のレイテ沖海戦は残存の空母を囮として使うという前代未聞の作戦となりました。
この時の瑞鳳の奮戦はアメリカ側が残した数葉の写真が今に伝えてくれています。
こうして瑞鳳はエンガノ岬沖の海中に姿を没し、わずか4年の生涯を閉じましたが、武勲を重ねてネームシップ祥鳳よりは長生きしています。
なお、瑞鳳は昭和19年(1944年)頃に飛行甲板を15m延長する改装を受け、電探や噴進砲などもこの時に装備され、この姿でマリアナ沖海戦、レイテ沖海戦を戦っています。

各加工後の詳細

フジミの瑞鳳で友人の誕生日用に作成したものです。

これを作ったのは、会社の友人が艦これの瑞鳳が好きで誕生日プレゼントにいいかなって思ったのがきっかけです。
1/700のウォーターラインシリーズキットは、子供のころ大和を作って以来作っていませんでした。
最近は、老眼が進み細かいパーツが見えず、とてもつらかったです。(笑)

キットだけではなく、より解像度を上げるためエッチィングパーツを使いました。
トムスモデルのエッチィングを使ったのですが、説明書がわかりにくく、厚みもかなり薄いのでとても作業がやりにくかったです。

誰かが言ってたけど、「エッチィングパーツはすべて使う必要なし。完成したければ、捨てる勇気も必要だ。」ってなもんで、要所だけ使っています。


各加工後の詳細は次へ

コメント

タイトルとURLをコピーしました